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2023.12.20

特集 伝承芸能トークセッション「劇場×清和文楽×神楽」

イノベーションの反対にある、トラディショナル。
その中に、現代生活に抜けているものが見えてくる。

伝承芸能がそれぞれの地域で受け継がれてきた背景には、風土、農作物、仕事、コミュニティ、生活様式など、その土地で営まれてきた暮らしがあります。地域コミュニティのあり方、生活様式が変化している現代において、伝承芸能は、守る、保存する文脈で語られることが多いですが、熊本県立劇場では、世代を超え、地域社会のコミュニティの形成に大きな役割を果たしてきた伝承芸能の継承と発展を支援することに注力し、これまでさまざまな事業を展開してきました。今回の特集では、姜尚中館長が劇場の立場から、熊本の伝承芸能の世界で活躍する担い手たちにインタビュー。伝承芸能のこれからについて、ホンネを交えて語っていただきました。

伝承芸能を続ける、そのモチベーションの源になっているもの

 清和文楽と中江岩戸神楽は、地域の伝承芸能とひとくくりにできないほど違うものですが、どこかで通じているものがあると思います。まず最初に皆さんが伝承芸能の世界にいるモチベーションについて聞かせてください。

熊本県立劇場館長
姜尚中

後藤(ひ) 2022年に県劇で開催された公演「水と火と木、そして再生の物語」に出演したことで、地元の定期公演のお客さんが増えて。それが、現在のモチベーションにつながっています。
 高良健吾さんと橋本愛さんといった著名な俳優さんと共演しましたね。それによって自分がやっていることが楽しくなるというか。
後藤(ひ) みんなに自慢できますね。神楽をやっていたから有名人にも会えたよ、とか(笑)30年以上前には、中江岩戸神楽三十三座徹夜公演の舞台が、同じ県劇で開催されたので、昔の人たちと同じ舞台でやっていると、感慨深いものがありました。
 大樹さんは、30年前は生まれてなかったですね(笑)
後藤(し) 私が子どもの頃は、神楽(保存会)に入りたいと思っても、入れるものではなかったので。大人になって、自分の子どもが小学生になって「神楽をやってみるね。」と。そこでやっと神楽に携われるようになりました。
後藤(ひ) 中江岩戸神楽は、波野(旧阿蘇郡波野村)の中江部落の長男しか入れないものだったようです。継承する人が少なくなり、伝統を残すために若者に広げるようになって。僕自身も小学校から中学校まで神楽をやってましたし、熊本市内に就職が決まった後も続けていますね。
 若者が神楽を舞うことで、新陳代謝できたのですね。清和文楽はどうですか?
岡本 2022年の熊本県芸術文化祭スペシャルステージで「ONE PIECE」とコラボしました。以前は遠い存在のように周りからも思われていたのですが、それをきっかけに若者から上の世代の方まで「楽しかったよ」などとお声をいただくようになって。周りの人たちから近づいてきてくれていると感じますね。
 清和文楽の場合は、ご自分の仕事になるわけですよね。伝承芸能であると同時に、それが本職になるという。
渡辺 私はもともとは熊本市内でパティシエをやっていたのですが、タイミングよく清和文楽の里協会職員の募集を見つけて。音楽とかも好きだし、手に職が欲しいなと応募しました。
 渡辺さんは、三味線をゼロから学んだということですか?
渡辺 そうです。最初の2年間は修行で兵庫県淡路島に行かせていただきました。

参加者(右から)
清和文楽(一財)清和文楽の里協会
渡辺奈津子
岡本翔(しょう)
中江岩戸神楽 中江岩戸神楽保存会
後藤詩乃(しの)
後藤大樹(ひろき)

伝承芸能の継承は日常生活の延長線にあるもの


 清和文楽の場合は、人形を動かす人形遣いと、語り手である太夫の三味線もあり、歌舞伎と同じような舞台になっています。一方で神楽の場合は、特別な舞台ではなく、みんなが平場で踊りながら演じている。身体表現としての伝承芸能について聞いていきたいのですが。
岡本 私は三味線と太夫が中心なので、人形は普段あまり持ちません。たまに「足遣い」のお手伝いをしますが、頭(かしら)を持つ「主(おも)遣い」の動きと合わせるので、普段と違う筋肉にきますね(笑)
 清和文楽のおふたりは三味線の演奏と、太夫の語りで舞台上の人形を引き立たせるという役割だと思います。
渡辺 舞台の袖に三味線と太夫が座るのですが、「こっちも見てほしい」という気持ちはあります。たまにお客様でこっちを見られている方もいらっしゃるので、つねに意識して舞台に立つようにはしています。
 大樹さんは「神楽男子」として活動していると聞きましたが。ファンレターとかもらったりしますか?
後藤(ひ) ファンレターとかはないですけど(笑)中江岩戸神楽には、若手が6,7人いるので、その若手を目当てにいらっしゃる人も結構います。
 先ほど大樹さんが話していた「水と火と木、そして再生の物語」の舞台ですが、私がこの舞台を観たときは、神楽がものすごく印象深くて。素晴らしくて。大樹さんは、あの舞台で観客席からの反応というのは感じましたか?
後藤(ひ) 反応を感じたのは、舞台を終えた後からですかね。SNSとかで検索して、火のイメージのところが強い、という反応が多くて。
 中江岩戸神楽のおふたりは、別に仕事や家庭を持っていて、神楽に携わっている。神楽を生業にしているわけではないですが、尋常じゃないほど熱があると思います。ご自身を突き動かしているものは、なんでしょうか。
後藤(し) 中江岩戸神楽のことを熊本の他の地域で知られていないことが多くて。県劇で舞えることは、そういう意味ですごく意味があることだと思っています。
 大樹さんは神楽の世界に小学生の頃に入られたということですが、これからも続けようと思っていますか。
後藤(ひ) 神楽のことが好きですし、これからもっと広まることを願って続けていきたいという気持ちがあります。
 普段の稽古は?
後藤(ひ) 毎週土曜に集まって練習しています。週1は必ず稽古するようにしています。参加するメンバーが納得できるまで稽古するので、夜7時から11時くらいまでする時もあります。
後藤(し) 小学校の子ども神楽は毎週水曜と、神楽男子の皆さんに習う時は土曜にも。中学校は週1ですね。
渡辺 私たちには、物産館の仕事や、事務仕事など、それぞれに自分の仕事があって。その仕事が終わった後に稽古しています。私は物産館でお饅頭づくりをやっています。
岡本 私は、事務です。
 そもそも地域の伝承芸能は、専門のプレーヤーがいたわけではなく、農作業や仕事の傍らでやっていた歴史があるわけですよね。普段のお仕事をしながら、清和文楽のプレーヤーとして三味線や太夫をやったり。多機能的なことをやっていかなければいけないのですね。

伝承芸能に携わることから見えてくる伝承芸能の未来


 神楽をやっていらっしゃるおふたりから見た清和文楽のイメージと、清和文楽をやっていらっしゃるおふたりから見た神楽のイメージを聞いてみたいです。伝承芸能はひとくくりにされがちですが、伝承芸能は、それぞれの地域の象徴になっていて、そこに価値がある、と思います。
渡辺 「水と火と木、そして再生の物語」の舞台で、中江岩戸神楽を初めて観たのですが、迫力がすごくて。シビれました。(笑)
岡本 数年前にも清和文楽館で、ほかの地域の神楽を上演したことがあって。その時に初めて神楽を観たのですが、厳かな、静かなイメージでした。ですが、やはりまだ知名度がないかなと。清和文楽もそうなんですけど。
後藤(ひ) 清和文楽の人形を、今日初めて持たせていただいて、びっくりしました。そもそもこんなに重たいものだと思っていなかったので。
 10キロある人形を持つとなると大変でしょ?これを持って、40分、50分も動かすと。
後藤(し) 清和文楽はテレビのドキュメンタリーで観たことはありました。
 これまで神楽と清和文楽の交流がなかったというのが驚きでしたね。今後、コラボしたり、一緒の舞台をつくったり。やってみたいこととかありますか?
後藤(ひ) それが実現できたら、いろんな意味でいい刺激になると思います。
 伝承という言葉は英語でいうとイノベーションの反対語になります。今の時代はデジタル化が進んで、なんでもイノベーションしていかないといけない。一方で伝統というのは、ひとつの原型があって、それをキープしていくというか。だから、保存会という言葉を使うわけですよね。伝承芸能の世界を知ることによって、デジタル化された世界に何が抜け落ちていくか、わかってくるんじゃないかと私は思っています。最後に、皆さんが携わっている伝承芸能を、今後も持続させつつ多くの人に知ってもらうために、抱負をおひとりずつ聞かせてください。
渡辺 清和文楽も後継者不足が問題視されているので、社会科見学で熊本市内の学校から見学に来館してもらっています。そういう子たちに清和文楽の楽しさだったり、おもしろさだったり伝えていきたい。難しい伝統的な演目は残しつつ、今の時代に合った演目をやっていくことで、清和文楽は難しくない、楽しいものだというのを、今のやり方、昔のやり方を混ぜながら発信していきたいです。
岡本 清和文楽は、もともと娯楽から生まれたもの。2022年の「ONE PIECE」とのコラボもそうですが、清和文楽に入りやすい新作もできているので、若い人たちにも堅苦しくなく、楽しんでもらえるものをつくっていきたいと思います。
後藤(ひ) 神楽も堅苦しいイメージを持たれがちなんですけど、若い人たちが入ることによって、同世代にもっと広まればいいな、と思います。中江岩戸神楽は270年の歴史があるんですけど、太鼓の打ち方や舞い方は変えずに、現代に合った方法で広められたらいいのかなと思います。
後藤(し) 子ども神楽は、小学校1年生から6年生までありますが、それでも人が足りなくて。だんだん子どもだけで稽古することも厳しくなっています。SNSで発信していますが、時々熊本市内の子から連絡がきたりします。それで神楽の練習を見に来てくれたりとか。そんなちょっとしたことでも、どんどん広まっていってくれたらいいな、と思います。
 今回4人の方のお話を聞いていて、伝承芸能の裾野を広めていかないといけないと実感しました。広まれば、知る人も増えてくるし。広めるためには、いろいろなやり方がありますしね。できれば、県劇が大きなイベントを仕掛けるなど、皆さんの活動を知ってもらう場をつくりたいと思います。今日はおもしろい視点でお話ができてよかったです。楽しい時間でした。

清和文楽
江戸時代後期頃に山都町(旧清和村)を訪れた淡路の人形芝居の一座から村人らが伝承したと伝わっています。清和文楽館をはじめ、各地で出張公演を行っています。

第64回熊本県芸術文化祭スペシャルステージ
ONE PIECE × 人形浄瑠璃 清和文楽
超馴鹿船出冬桜 ちょっぱあふなでのふゆざくら

清和文楽の継承や後継者育成を目的に、2020年から取り組んだ新作制作プロジェクト。幅広い年代から支持を得る人気漫画「ONE PIECE」を題材とした清和文楽の新作を制作・上演することで、新たなファン層の獲得や知名度向上に寄与しました。

【公演概要】
2022年11月5日(土)、6日(日) 熊本県立劇場演劇ホール
原作:尾田栄一郎「ONE PIECE」(集英社「週刊少年ジャンプ」連載)
総合演出・音楽監修:藤原道山
脚本・演出:横内謙介
作調・浄瑠璃監修:鶴澤清介
人形浄瑠璃監修:(公財)淡路人形協会 淡路人形座
出演:清和文楽人形芝居保存会、清和文楽館、竹本住蝶、豊澤住輔、吉田史興・吉田幸路・吉田千紅(淡路人形座)、市民浄瑠璃隊、劇団扉座、せりふ太夫隊、熊本県立矢部高等学校、山都町立清和中学校、山都町立清和小学校、宇土雨乞い大太鼓保存会(宇土天響太鼓・太鼓芸能集団「袖衣」・宇土高校和太鼓部「鼓」)、山鹿灯籠踊り保存会、くまモン夢学校キッズダンサー
特別出演:田中真弓、倉野尾成美(AKB48)

中江岩戸神楽
江戸時代の明和年間、大分の御嶽神社に伝わる神楽をベースに三十三座に構成したもの。
毎年4月20日と9月30日に萩神社へ神楽が奉納されています。
毎月第1日曜日(1月~3月、10月を除く)には中江神楽殿で定期公演を行っています。

中江岩戸神楽三十三座完全復元徹夜公演

過疎化や後継者不足の影響で全三十三座の伝承が失われつつあったことから、24時間通しで三十三座を披露する公演を県立劇場が企画。監修立ち合いのもと1年がかりで復元に成功し、徹夜での公演が話題となりました。

【公演概要】
1990年1月27日(土)~28日(日) 熊本県立劇場演劇ホール
出演:中岩戸神楽保存会

熊本地震復興祈念
「水と火と木、そして再生の物語」

災害からの復興をテーマとし、火の国熊本の過去から現在に至るまでの壮大な時の流れと変容する風景を、踊りと「手紙」で語り継ぐパフォーマンス作品。舞台は「水」「火」「木」「再生」のイメージで構成され、中江岩戸神楽保存会は「火」のイメージを象徴する重要な役割を担いました。

【公演概要】
2022年3月12日(土) 熊本県立劇場演劇ホール
総合演出:行定勲
演出/振付:矢内原美邦
出演:橋本愛、高良健吾、オーディション選抜ダンサー(青野大輔、小野悠、小山咲、鹿間れいあ、葉山悠介、水上初佳)、中江岩戸神楽保存会

伝承芸能トークセッションにご参加のみなさん

清和文楽
(一財)清和文楽の里協会
渡辺 奈津子さん
清和文楽
(一財)清和文楽の里協会
岡本 翔(しょう)さん
中江岩戸神楽
中江岩戸神楽保存会
後藤 大樹(ひろき)さん
中江岩戸神楽
中江岩戸神楽保存会
後藤 詩乃(しの)さん

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