2021.06.20
特集「熊本県芸術文化祭オープニングステージ~ここにしかない、どこにもまねできないステージの感動を~」
その日、その時間、そのステージの上でしか出会えない。しかも、わずか数時間足らずという濃密な時間の感動を共有できるのは、この広い世界のなか、劇場のホールという小さな箱にいる人たちだけ。熊本県立劇場が制作現場を担う、熊本県芸術文化祭オープニングステージは、例えてみれば、プロ、アマ、そしてジャンルを超えて渾然一体となったパフォーマンスが繰り広げられる、外からは開くことができないびっくり箱のようなものです。毎年県立劇場の一大事業として、熱をもって取り組んでいるこのオープニングステージ。2005(平成17)年の開催から、国内外で活躍しているさまざまなアーティスト、熊本で活動する人たちを巻き込み、熊本でしかできない、熊本だからこそできるオンリーワンのステージを生み出してきました。今回の特集では、県劇が取り組んできたオープニングステージの軌跡をご紹介します。
オープニングステージ、そのはじまり
熊本県立劇場が企画し、制作現場を担っている、熊本県芸術文化祭オープニングステージは、毎年8月末から9月頭の間で開催されています。熊本県芸術文化祭のコンセプトである、「芸術を高め、文化を広め、次世代へつなぐ」の下、オープニングステージでは熊本県内外のプロ、アマ、ジャンルを問わずに、熊本県内で実現できる最高水準の舞台芸術をめざしてきました。毎年9月から12月にかけて民間の事業として開催されていた「熊本県芸術祭」。そして、1987(昭和62)年に、熊本県で開催された「第2回国民文化祭」を機に、翌年から熊本県が主催して開かれるようになった「県民文化祭」。このふたつのイベントを統合し、熊本県と熊本県文化協会による共催という形で「熊本県芸術文化祭」としてはじまったのが、2005(平成17)年のことです。第一回目となった芸術文化祭のオープニングステージは、日本舞踊や民謡など大衆芸能文化を一堂に集めた舞台を創作。熊本県文化協会の主催で各種団体の取りまとめや、舞台の制作、広報など、その業務は多岐にわたっため、翌年の 2006(平成18)年から制作全般を県立劇場が担うことになりました。県立劇場にとって、この芸術文化祭のオープニングステージの企画・制作は、現在に至るまで、年度の事業の大きな柱となっています。
県劇だから実現できるジャンルを越えたステージ
熊本県内で実現できる最高水準の舞台芸術をめざし、芸術文化祭のオープニングステージの企画は1〜2年掛かりで行っています。回ごとに趣向を凝らし、これまで数々の公演で蓄積してきた幅広い人脈をたどりながら、プロ、アマを問わず、さらにパフォーマンスのジャンルを超えた世界観を模索しています。ステージというものは、時、場所 、パフォーマー、アーティストとの化学反応で、その場 、その時の感動を得られるものではありますが、こと熊本県で開催される芸術文化祭のオープニングステージに関しては、熊本だから観ることができる、県劇だから生まれた唯一無二のステージを提供したい、と毎回関係者と知恵をしぼりだしています。
例えば、2009(平成21)年に実施したバレエ「白鳥の湖」では、県内7つのバレエ団体による合同オーディションを行い、男性の一部を除いてほとんどの出演者を熊本県在住・出身者で構成しました。有名なバレエ作品をテーマに組み立てたステージで、団体混合の出演者で構成するという異例のチャレンジでした。また、県劇開館30周年の記念コンサートが縁でつながった、世界で活躍する指揮者、山田和樹氏に2015(平成27)年から3年を通した企画を依頼。1年目は吹奏楽、2年目は合唱、そして最後の年はオーケストラと毎年趣向を変え、3年を一連の流れとした企画でステージを制作しました。
(ヤマカズ、こと世界的指揮者の山田和樹氏を芸術監督に迎えた3年間。)
さまざまな分野とのコラボレーション
オープニングステージでは、ジャンルを超えたステージ上のコラボレーションや、国 内外で活躍するトップアーティストと、熊本県内のプロ、アマ問わずに活動するパフォーマーが共演するなど、舞台上で繰り広げられる化学反応的に生まれる芸術が見どころのひとつになっています。
その中でも、舞台芸術とは直接関係のない分野を巻き込んだ企画が、熊本独自の舞台芸術を生み出しています。2013(平成25)年に開催した「『頂上現象』〜 神楽☆ダンス☆ 美術〜」では、30年前に県劇の公演をきっかけに完全復元を遂げた阿蘇・中江の岩戸神楽と、コンテンポラリーダンスの旗手であるコンドルズが、「五輪の書」をもとに、「山( 大地、伝統文化)」をテーマにした創作舞台を上演しました。この時の舞台美術と舞台衣装デザインを、熊本デザイン専門学校の建築・インテリアデザイン科と、ファッションデザイン科の学生たちに依頼しました。複数集まった作品から選定し、実際に舞台装置、衣装として制作するまで学生たちの手によって行われました。それ以来、熊本デザイン専門学校では、舞台芸術を授業の一環として取り入れ、学生たちは県劇のホールや舞台を見学したり、能や神楽、舞台芸術についての理解を深める講義を県劇で実施するなど、相互交流が生まれています。また、2014(平成26)年に実施した「熊本能三昧」では、能の装置を熊本デザイン専門学校へ、フライヤーなどに使用するタイトル文字を、熊日書道展でグランプリを獲得した熊本出身の大学生に依頼しました。その他、能舞台「大江山」に出てくる酒呑童子のイメージ画を、県劇の近隣にある大江小学校の児童に描いてもらい通路に展示するなど、さまざまな試みを行いました。
(2014年の「熊本能三昧」の舞台装置のデザインに、熊本デザイン専門学校の学生の作品が採用。)
(舞台衣装のスケッチ画。ここから実際にデザインが採用された。)
舞台をつくることをどれだけ楽しめるか
県立劇場の大きな役割は、芸術文化祭オープニングステージの制作の立場として、招致したアーティストが表現に集中できる環境を整え、舞台に関わる多くの人たちが気持ち良く、楽しみながら参加できるように配慮することです。さらに、その企画・制作したステージを観た観客に、ここでしか出会えない感動を持ち帰ってもらい、イベントとして成 功に導くことが最大のミッションです。そのためには、ステージを企画制作する私たち県立劇場が楽しむことが大きなテーマでもあります。これまでのオープニングステージでお世話になった方々を起点に、新しい出会いが網のようにつながって、広がっていくことが、ステージをつくりだす喜びであり、醍醐味でもあります。
2020(令和2)年に企画していたステージは、新型コロナウイルス感染症の影響で2021(令和3)年8月29日に延期することとなりました。現在実施に向けて準備を進めています。このような不測の事態において、あらためて感じるのは芸術文化の灯火は、決して絶やしてはいけない、人々の心をあたたかく照らすものであるということ。舞台芸術を通して得られるステージの上に立つ人たち、観客席で観ている人たちから発せられる〝熱〞を糧に、これからも芸術文化祭オープニングステージの制作を続けてまいります。
※新型コロナ感染症拡大の影響により2021年(令和3)年8月29日の公演は再延期調整を行っております。
(今年度ステージのリハーサルの様子。コンテンポラリーダンスとバレエのステージを予定しています。感染症対策に細心の注意をはらいながら練習を重ねています。)