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2026.09.22

【特集】佐渡裕さんが見守り続けた熊本の10年 益城で手渡された、音楽の素晴らしさ

令和8年熊本地震により被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
この記事は、6月1日に益城町で行われた佐渡裕さんによる吹奏楽クリニックを取材し、7月上旬にまとめたものです。
発災前に書かれた原稿ではありますが、音楽が人を励まし、つなぎ、支える時間のひとつとして、この日の記録をお届けします。

佐渡裕さんが見守り続けた熊本の10年
益城で手渡された、音楽の素晴らしさ

6月1日、益城町文化会館で実施

6月1日、益城町文化会館で、世界的指揮者・佐渡裕さんによる『復興支援 吹奏楽クリニック』を開きました。熊本地震から10年という節目の年に、震災後も音楽を通して熊本に関わり続けてきた佐渡さんが、この日、益城の子どもたちにどんな言葉と音を手渡したのか。その時間をたどりました。

今回参加したのは、益城町立広安西小学校、益城中学校、木山中学校の吹奏楽部による合同バンドと、熊本県立第二高等学校吹奏楽部。当日は台風6号の接近で不安定な空模様でしたが、会場には、佐渡裕さんに指導してもらえる特別な一日を待つ子どもたちの高揚感が、開演前から静かに満ちていました。

オーケストラは「社会の縮図」
公演前の取材で、佐渡さんはオーケストラを「社会の縮図」と語っていました。旋律を担う楽器があり、それを支える楽器があり、リズムを刻む打楽器がある。役割はそれぞれ違っており、どれかひとつだけでは音楽は成り立ちません。異なる音が集まり、互いの役割を受け止めながら、ひとつの響きをつくっていく。そのあり方は、社会の中で人が違いを抱えながらともに生きていく姿にも重なるのだといいます。音楽を学ぶことは、上手に演奏するためだけでなく、自分と違う存在に耳を澄ませることでもある。そんな眼差しが、佐渡さんの言葉の底に流れていました。

5月31日に県劇で開催した公演の関連企画として実施

音の輪郭を、ていねいに引き出す
クリニックでは、演奏を止めて直すのではなく、曲の景色をほどいていくような指導が続きました。合同バンドには、「この曲にはフォルテ、メゾフォルテ、メゾピアノ、ピアノの4つのダイヤルがある」と、強弱を使い分ける大切さを伝えます。シンバルには場面をきらりと照らす役割を、ティンパニには音楽を前へ進める役割を求め、サクソフォンには「大人っぽく、色っぽく」と声をかける。正確さだけではなく、音の向こうにある表情や気配を引き出していくような時間でした。第二高校への指導では、さらに細やかな視点が重ねられました。拍の流れや重心の置き方、フレーズの呼吸。音をただ正確になぞるのではなく、その流れや奥行きを身体で感じながら、音楽全体の表情をつくっていくこと。楽譜の向こう側にあるものへ目を向ける大切さが、やわらかな言葉で伝えられていました。

子どもたちの中に残る「ヒント」
指導が進むにつれて、子どもたちの表情にも変化が見えてきました。最初の緊張がしだいにやわらぎ、音を出すことそのものの面白さが前に出てきます。小中学生にとっては、パートごとの役割を意識しながら合奏することが、新鮮な発見として残ったようでした。ただ自分の音を出すだけでなく、ほかの音とどう重なり、どう支え合っているのかに耳を澄ませること。そんな視点が、子どもたちの中に育っていくのが感じられました。高校生にとって印象的だったのは、「2拍目」を意識するという話でした。拍の流れや重心を感じながら音楽をつくっていくことで、これまで見えていなかった表情や奥行きが見えてくる。そんな手応えを、それぞれが持ち帰ったようでした。また、佐渡さんが伝えた「(才能+努力+運)×感謝力」が「奇跡をおこす方程式」だという話も強く心に残ったようです。演奏の技術だけでなく、これからの時間の中でふと思い返される“ヒント”として受け止められていました。

小学生から得意だった縦笛を披露して会場を沸かせてくれました

これからへつながる時間
佐渡さんがこの日、大切にしていたのは、演奏の技術だけではありませんでした。勇気を持って楽器に向き合うこと、音楽を好きでい続けること、そしてその経験がやがて社会との関わりにもつながっていくこと。目の前の子どもたち一人一人に合わせ、そのとき届けるべきものを探しながら向き合う姿勢そのものが、このクリニックの時間を支えていたように思います。 熊本地震から10年。益城で開いたこの吹奏楽クリニックもまた、その積み重ねの中に生まれたもののひとつでした。ここで交わされたのは、演奏をより良くするための技術だけではありません。違う音が集まり、違う役割が重なり合いながら、ひとつの響きをつくっていくこと。その面白さとよろこびが、子どもたちの中に確かに残っていました。

photo: ODASAKI, Tomohiro(小田﨑写真事務所)

対談「震災後の熊本と、⾳楽の⼒」
熊本地震から10年。震災後も熊本に⼼を寄せ、⾳楽を通して関わり続けてきた佐渡裕さんに、姜尚中館⻑が話を聞きました。あの⽇から今⽇までの歩みと、熊本における⾳楽の役割、そしてこれからの地域と⽂化のあり⽅を⾒つめます。

佐渡裕×姜尚中

佐渡 裕(指揮者)SADO, Yutaka × 姜 尚中(館長) KANG,Sang-jung

 

 去年は阪神・淡路⼤震災から30年という節⽬でもありました。あらためて、どんな思いがありましたか。
佐渡 兵庫では、まちの復興だけでなく「⼼の復興」を掲げてきました。街並みはきれいになっても、亡くなった⽅を思うご家族や友⼈の傷は、簡単には消えません。だからこそ、祈ること、称えること、その両⽅を⾳楽の中に込めたいと思ってきました。三⼗年の節⽬にも、追悼であると同時に、未来へ⽬を向けるような演奏会をしたいと考えました。
 熊本地震のときにも、佐渡さんはすぐに動いてくださいましたね。
佐渡 地震の約1か⽉後、ちょうどオーケストラとの全国ツアーがありました。楽団員からも「募⾦活動をしよう」という声が⾃然に上がって、会場ごとに募⾦を呼びかけました。集まったお⾦は、被災した学校の楽器修理などに役⽴ててもらいました。震災の直後は、指揮者の⾃分に何ができるのか、無⼒感のようなものも正直ありました。でも、生の演奏には、その時間をまったく知らない⼈どうしが同じ空間で共有して、「⾃分たちは⼀緒に⽣きているんだ」と実感できる⼒がある。そこにこそ、⾳楽の意味があるのではないかと思うようになったんです。
 その後も熊本との関わりは続いています。
佐渡 アートキャラバンのようなかたちで各地を訪ねたり、⼦どもたちと出会ったりするなかで、熊本には何度も来ています。来るたびに感じるのは、⼈のあたたかさと⼟地の⼒です。熊本には独特の気質があって、芯が強くて、でもどこか⼤らかで、⼈を受け⼊れる懐の深さがある。そういう空気に、僕⾃⾝がずっと惹かれてきたのだと思います。これまでの⼀つ⼀つの出会いが、熊本を⾒つめ続ける理由になっているのかもしれません。
 今回の益城での吹奏楽クリニックも、そうした時間の延⻑にあるわけですね。
佐渡 そうですね。教えるというより、⼀緒に⾳をつくる時間を持ちたい、という感覚に近いです。⾳楽は技術を磨くためだけのものではなく、⼈との関わり⽅や、⾃分の役割を知ることにもつながっていく。オーケストラは「社会の縮図」だとよく⾔いますが、まさにその通りで、違う役割を持った⼈たちが⽀え合って、ひとつの響きをつくっていく。その経験は、⾳楽の外側の⼈⽣にもきっとつながっていくはずです。
 劇場や⽂化施設の役割については、どう考えておられますか。
佐渡 ⼊り⼝の敷居は、できるだけ低いほうがいいと思います。誰でも⼊れる、親しめる、近づける。それはすごく⼤事です。でも同時に、その敷居をまたぐ喜びや、⽇常とは少し違う時間に出会う感覚は残しておきたい。劇場やホールは、ただ便利な場所ではなく、⼈が少し背筋を伸ばして、⾃分の内側と出会える場所でもあって欲しいと思います。
 震災から10年を経た熊本に、⽂化がどう関わっていくか。その問いにも重なりますね。
佐渡 本当にそう思います。復興という⾔葉は使えても、その中⾝は⼀⼈⼀⼈違う。だからこそ⾳楽や⽂化は、答えを出すためというより、⼈が⽴ち⽌まり、思い出し、また歩き出していくための時間を⽀えるものなのだと思います。熊本で続いてきた時間の先に、これからどんな響きが⽣まれていくのか。僕も、そこにまた関われたらうれしいですね。

Revew(公演レビュー)

佐渡裕指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 ヴァイオリン三浦文彰

■令和8年5月31日 開場13 :15 開演14 :00
■熊本県立劇場コンサートホール

5月31日、熊本県立劇場コンサートホールで「佐渡裕指揮新日本フィルハーモニー交響楽団 ヴァイオリン:三浦文彰」を開催しました。ブラームスのヴァイオリン協奏曲と交響曲第1番という重厚なプログラムを、佐渡さんの熱量あふれる指揮と、三浦さんの透明感と深みをたたえた演奏が鮮やかに描き出しました。開演前から期待感に包まれた会場では、佐渡さんのオープニングトークにも多くの来場者が耳を傾け、震災後も熊本に寄り添ってきた歩みに深く聞き入る姿が見られました。アンケートには「鳥肌が立った」「涙が出た」「最高の演奏だった」といった声も寄せられ、心に残るひとときとなりました。

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