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2026.06.20
【館長室から】No.4

邯鄲(かんたん)の夢
あの地震から丸十年が過ぎた。私の館長就任からの歳月とピタリと重なり合っている。十年一昔というが、まるで昨日のようであり、また遠い昔のようでもある。この間、世界は大きく変わり、また熊本も変貌著しい。変化は、生きとし生けるものの避けられない宿命である。それを肯定的に捉えるのか、逆に否定的にみるのか。その評価も変化を免れない以上、変化、即ち発展であり、「進化」であるとみるのか、逆に「退化」と捉えるのか、なかなか難しい。
ただ古希を過ぎて頭を過ぎるのは、夏目漱石が小説『心』で取り上げている渡辺崋山(かざん)の「邯鄲といふ画(え)」―「黄梁一炊の夢(こうりょういっすいのゆめ)」のことである。画は、栄華の果てまで五十年の夢を見ても、醒めてみれば、黄梁の粥さえ炊き上がらぬ束の間のことであったという中国の故事に由来している。それは、所詮、人生は虚しいという諦念を説いているというよりも、逆に黄梁一炊の夢のようだからこそ、惰性に溺れず、一日一日を悔いのないように「生き切る」と解釈することも可能だ。
これからの十年、私もそうなりたいと願っている。そして我が劇場も、その志を「生き切る」ことになるはずだ。






