2025.06.20
特集 シアターアジアオープニングシンポジウム アートがつなぐ熊本とアジア

Special feature シアターアジアオープニングシンポジウム
アートがつなぐ熊本とアジア
―熊本からアジアへ、アジアから熊本へ
文化芸術のサプライチェーンのハブとして
熊本のアドバンテージが見えてきた
熊本県立劇場がゲートウェイとなり、文化芸術でアジアをつなぐ「シアターアジア事業」の構想。2025年度から本格スタートするシアターアジア事業について、その意義と展望を識者と語り合うオープニングシンポジウムを開催しました。今回の特集では、シンポジウムで語られた内容についてレポートします。
2025年5月25日(日)
熊本県立劇場演劇ホール
第1部:講演
「シアターアジアとは―アジアという広場に集う」
姜尚中(熊本県立劇場 館長)
第2部:シンポジウム
「シアターアジアを通して見えるクマモトの未来」
石田 麻子(昭和音楽大学 教授)
木村 敬(熊本県知事)
姜 尚中(熊本県立劇場 館長)
アジアと熊本、そして劇場の
3つのキーワードで紐解く事業構想
オープニングシンポジウムの第1部では、熊本県立劇場の姜尚中館長が、9年の在任期間中あたためてきた「シアターアジア事業」の構想について、自らの思いとともに語りました。
この事業について、姜館長は就任直後から構想していましたが、熊本地震や人吉・球磨地域の豪雨、コロナ禍などが影響し、なかなか実動に至りませんでした。その後台湾の世界最大手の半導体企業・TSMCの進出などで急速にアジアとの交流が進むなか、改めて事業化に着手。今年度から本格的にスタートを切ることになりました。「熊本はアジア圏の文化と経済のサプライチェーンとしてのハブとなる可能性を秘めている」。姜館長は、グローバリズム変遷の歴史から見る現在のアジアや、熊本におけるTSMCの存在などを交えながら、幅広い視点で語りました。そして、リアルとバーチャルの境界がなくなりつつある今だからこそ、身体的な没入体験、人間的なふれあいの重要性、劇場を訪れるという能動的な出会い、そして若い世代にインパクトを与えるという点から「複製が不可能な実演芸術だからこそ、今の時代に必要な”リアル”な体験」を提供できる劇場が、この事業に取り組む意義を示しました。

シアターアジア事業の構想の核として、2国間、または多国間での演劇共同制作、若手演劇人の育成、アーティスト滞在型制作(アーティスト・イン・レジデンス)など、熊本発のアジア連携プロジェクトの実施を検討。さらには各国の伝統芸能との融合など、オンラインによる国際的な連携も視野に入れた事業展開を構想。「熊本、アジア、劇場」三位一体の構想として、その事業展開は文化芸術の交流にとどまらず、地域の誇りの創出につなげていく考えがあります。その実現には、地域経済界や自治体における文化的な投資が必要不可欠であると訴えました。
国境を越えて交流する文化芸術と交差する視点
「シアターアジア」に期待すること
第2部では、文化政策研究者である昭和音楽大学の石田麻子教授、熊本県の木村敬知事が登壇し、姜館長がモデレーターを務め、それぞれの立場からシアターアジア事業の構想についてトークセッションが繰り広げられました。木村知事は、「文化芸術は嗜好品ではなく、地域の光であり、誇りである」と力強く語りました。「日本地図で見ると熊本は東京からは遠いが、世界地図で見るとアジアの真ん中に位置している」と、アジアにおける熊本の地理的な優位性に触れ、熊本がアジアとつながるアドバンテージを明確に示しました。

世界の劇場運営に造詣が深い石田教授からは、「アジアを射程とした文化構想が素晴らしい。アジア各国との関係性を築くには、この距離の近さに加えて、劇場、そして劇場のスタッフ、アーティストといった視点で語ることが必要」と、シアターアジア事業について、人的要素の重要性を強調しました。

議論は、ヨーロッパにおける文化芸術活動まで広がり、劇場という概念が西洋型劇場のいわゆる”輸入”によってはじまっていることに言及。アジアにおいてもスペックが高い劇場が増えてきている一方で、地域の伝統芸能がこれまで受け継がれてきたのは劇場ではなく、”広場”であった背景も踏まえ、県民全員が参画できるよう県内様々な場所(”まち”)で実演芸術に触れることができるよう「動く劇場」の考えが示されました。劇場がある”まち”の魅力発信のために、県民と力を合わせていくことが理想的であると、登壇者の共通認識として挙げられました。
いよいよ本格スタートを切ったシアターアジア事業ですが、県立劇場は、2026年10月から長期間の改修工事に入り、2028年2月まで休館となります。それを受け、石田教授から「劇場がハブになるには、劇場のスタッフとアーティストの連携がとても重要。人こそが宝」といったエールをいただきました。木村知事からは「文化芸術のつながりは、人のつながりを深め、やがてはアジアの平和に貢献できる」と期待が寄せられました。
文化芸術は地域社会のインフラであり、海外だけでなく、劇場のある”まち”でも改めて交流を深めていく決意でシンポジウムは締め括られ、シアターアジア事業は、その第一歩を力強く踏み出しました。
<シアターアジア事業>
県立劇場にて開催された5月31日の台湾フィルハーモニック熊本公演を皮切りに、シアターアジア事業が計画されています。詳細は県立劇場のホームページをご確認ください。
県劇主催事業一覧 | 熊本県立劇場