contact

MENU

2019.12.20

特集「対談:熊本県知事蒲島郁夫×熊本県立劇場姜尚中」

自由でボーダレスな「広場」と「共有空間」に夢がある

姜:先日県立劇場で開催された「ウィーン少年合唱団」と「熊本県芸術文化祭(以下芸文祭)オープニングステージ」にお越しいただきました。知事に直接お越しいただいて、劇場としてはとてもありがたいことです。

蒲島:県劇の公演には、度々訪れています。「ウィーン少年合唱団」は一度聴いてみたいと思っていましたし、実際に鑑賞してみて、彼らの歌声がとてもナチュラルで清らかなことに驚きました。世界中を自然体で交流しながら、自分を高めているのではないかと感じました。共演した山鹿小学校の音楽部も素晴らしいものでした。

姜:山鹿の小学生にとっては、世界的な合唱団とコラボしたことはインパクトのある体験だったと思います。

蒲島:「芸文祭オープニングステージ」では、藤原道山氏の演出によって、より熊本の民謡の素晴らしさを感じ取れました。民謡など、伝統のある文化に触れる「場」というものが必要で、それが県劇で実現されてよかったと思います。

姜:私自身、熊本のことをよく知らなかったし、足元をよく見ていなかった、と。熊本には、お宝がいっぱいある、と気づかされました。

蒲島:九州新幹線開業の時に、小山薫堂さんと一緒にくまもとサプライズ運動を行いました。熊本の良いものについて、まずは自分たちがサプライズしよう、という取組みで、自分たちが驚かないことを、ほかの人たちに驚かせることができるのか、という発想から出てきた企画でした。当時は熊本を素通りされてしまうのではないかという危機感があったのですが、この熊本サプライズ運動は、予想もしなかった別の果実を生んだのです。それが、くまモンです。

姜:熊本県ではくまモンなどソフト面において、今後、熊本県全体で文化発信をどのように行っていくのか、ぜひお聞かせください。

蒲島:まず、くまモンが大活躍している要因を分析してみると、くまモンが持つ「共有空間」にあります。その空間には、誰でも入ることができて、自由に才能を発揮できる。いわゆる楽市楽座です。それが、世界に拡大したのです。誰もコントロールしない、自由で平等な空間です。この共有空間の存在自体が行政的にも大変ユニークで、橋や道など物理的なものを造るのではなく、くまモンの共有空間という心理的なものを創った。ものをつくらずに、くまモンは自ら共有空間を広げて、みんなを幸せにしていく存在になっていったのです。

姜:数年前にパリに行った時に、そこにくまモンがいて驚いたことがあります。知事がおっしゃるように、くまモンが見えない広場になって、みんなを抱擁しているわけですね。

蒲島:見えない空間であり、言葉もしゃべらないから壁もない、全くのボーダレスです。考えてみたら、文化というものは、そういうもの。県劇が果たす役割はまさにそこにあるのではないかと考えます。

「劇場」の既成概念を壊したら、夢が広がっていく。

蒲島:熊本地震で被災地になって、様々な文化人が被災地のために何かしたいと集まってくれました。私はこの経験から、大切なのは「こころの復興」だと感じました。芸術は人々の心を癒し、希望を与えます。そして、未来に向かうエネルギーとなります。これこそが、芸術の本質だと思います。

姜:劇場も被災し4か月間の閉館を余儀なくされました。しかし、まだ閉館していた5月から、外に出向いてアートを届けようとスタッフが中心となって、外に向けたアートキャラバンやアウトリーチを行いました。また、震災の年から毎年開催している県劇盆踊りは、地域に劇場を開放し多くの方々に喜ばれています。

蒲島:それは、共有空間と同じ考え方ですね。これからの人の動きを考えると、この共有空間の考え方が重要になってくると思います。ひとつの例として、阿蘇くまもと空港の今後のあり方があります。国内線、国際線の便を大幅に増やして、空港内の店舗売り場面積を広げる。この空間を広げたところに、人が集まります。

姜:そこで交流することで、壁がなくなり、楽しい「場」になる、と。

蒲島:くまモンに学ぶとすれば、パスポートもビザも要らず、誰もが参加できる巨大な共有空間。その理想的な空間をくまモンが先導しているからすごいのです。

姜:県劇もまさに、外に広げる活動として熊本県内の文化施設と交流を行っているところです。私たち劇場は壁と屋根に覆われていますが、アートキャラバンやアウトリーチなどで、その見えない壁を広げようとしています。震災から4年近く経ち、創造的復興の中で、これからの「こころの復興」も含めた活動で、何が必要とお考えですか。

蒲島:ソフトパワーです。ソフトの重要性を感じたのは、創造的復興を打ち出した時、「創造」の部分に、多くの方たちから〝夢がある〟と言われたことです。「こころの復興」が実現できてはじめて、震災からの復興になるという考えは、ハードは完全に戻すことはできないけれど、ソフトパワーの大きなうねりがあれば、どれだけでも広がっていけます。

姜:最後になりますが、知事にとって共有空間の拠点として、劇場に期待されることはなんでしょうか。

蒲島:県劇が掲げている「広場」と、熊本県が発信している「共有空間」。このふたつに共通するのは、壁のない、区切りのない世界です。誰もが参加して楽しめる、それが熊本地震からの「こころの復興」に結びついていくと考えています。そして、もうひとつは、外に出ること。つまり、日本中、世界中に発信していくこと。それが熊本の共有空間を広くすることになり、熊本の文化を広めることにつながります。

姜:実際に熊本の文化を世界に発信する取組みも今後控えています。ただ、グローバル化において、目に見えない壁について考えることも多くあります。壁のない世界を劇場からはじめて、空間の中で人が安らぐことができる、そういった「場」にしていきたいとも思います。

蒲島:例えば、ウィーン少年合唱団に負けないくらいの、くまモン少年合唱団をつくる、とか(笑)。

姜:それだったら、世界的に話題になりますね!

蒲島:ウィーン少年合唱団の卒業生が、くまモン合唱団に入ることになったり。こういった夢は、劇場という既成概念を壊すと、どんどん出てくるものですよね。

姜:そうですね。劇場の伝統は伝統で守りながら、劇場の「場」を広げていくことを考えていきたいと思います。地域とも連携を取りながら、熊本県全体で盛り上がっていきたいものです。蒲島知事、ありがとうございました。


熊本県知事
蒲島 郁夫 [かばしま いくお]

熊本県立劇場館長
姜尚中[かんさんじゅん]

 

 

SHARE

contact