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2020.09.20

特集「熊本県立劇場BELCA賞受賞~時と、文化と、人とともに100年建築へ~」

熊本の文化振興の歴史とともにある建築物

公益社団法人ロングライフビル推進協会が、長期にわたり適切な維持保全を実施し、優れた改修を行った建築物に対して贈るBELCA(ベルカ)賞。2020年に発表された第29BELCA賞のロングライフ部門において、熊本県立劇場が表彰を受けました。


(完成間近の県立劇場を空から撮影。東西に貫かれた動線がよくわかる (198212月撮影))

 


(PC板を取り付ける様子(19823月撮影))

1982(昭和57)年に竣工した県立劇場は、築後40年弱と比較的新しい建築であるものの、これまで計画的に維持管理、保全が行われ、芸術文化振興の拠点施設として建物を長く利用し続けようとする姿勢が高く評価されての受賞となりました。

より芸術性の高い文化を、より良い条件で、より多くの県民に触れていただきたい。このコンセプトを基に、当時の施設基本構想では、コンサートホールと演劇ホールの専用ホールを併設した先駆的な構想を掲げていました。設計にあたったのは、モダニズム建築の旗手として戦後の日本建築界を牽引した前川國男氏。「100年持つ建築を創れ」と主張していた前川氏は、県立劇場の設計に際して「私のライフワークとしたい」とまで言及していたほど心血を注いだといいます。

県立劇場は、地下2階、地上3階の鉄骨鉄筋コンクリート造。西側の正面からのアプローチと東側の駐車場からのアプローチをつなぐ通路(モール)を中心に、北側にコンサートホール、南側に演劇ホールを配置。この東西方向の動線であるモールは、施設に入る人、駐車場に向かう人のアクセスを確保するとともに、それぞれのホールへの音の影響を避ける役割があります。また、専用ホール設計には、前川建築の劇場設計の集大成としての試みが行われています。コンサートホールはステージと客席が向かい合うエンドステージ形式で、1800席以上のホールにも関わらず明瞭な音の響きが確保され、残響時間約2秒になるよう綿密に計算されています。演劇ホールは、舞台と客席が明確にわけられているプロセニアムステージで、オーケストラピットを有し、地階席には歌舞伎用仮設本花道が設置できるようになっています。

音響専門家、舞台専門家を交えて立てられた計画によって、内装はコンクリート打放し仕上げで客席を包むように構成されています。そこには数種類の木目のパターンを組み合わせた矢羽根模様が施されています。至るところに感じられる職人の丁寧な手作業が、コンクリート造りにあたたかみを加えています。ホール内のシャンデリアをはじめとする照明器具、ホールの座席、ホワイエのテーブルや椅子、屋外に設置されたゴミ箱にいたるまでオリジナルで製作され、意匠の細部にまで貫かれた前川建築の精神を感じ取ることができます。


(コンサートホール、ホワイエのタイル貼り(19827月撮影))

100年愛され続ける建築物をめざして

新築当時からの意匠を厳密に守りながら建物としての魅力を維持し、時代のニーズに対応し、利用する人に寄り添った最新の設備への改修や、劇場としての機能向上に取り組んできました。その改修・保全計画は、事業や公演など運営上に支障がないように、建物のライフサイクルを考慮したうえで2005(平成17)年に、大規模工事を含めて立案。さらに実際の建物の状況を照らし合わせ、2015(平成27)年に再度計画の見直しを行いました。この年に実施したのが、コンサートホールの舞台照明設備の改修工事で、揺れ抑制装置を天井内に設置しました。翌年の2016(平成28)年に発生した熊本地震の際には、外壁に大きな被害があったものの、前年の改修工事が奏功し、ホールの約300kgのシャンデリア10灯は無事で、天井も無傷でした。改修工事の計画立案、実施のために設けられた前川建築設計事務所との打ち合わせを重ねることで信頼関係が築かれ、熊本地震という想定外の問題に対しても迅速な対応ができたことが、その後の施設管理、運営にも良い影響を与えています。


(日々の清掃活動が、100年建築へとつながっていく)

前川國男氏が掲げた「100年持つ建築」。それは、音楽、演劇などの文化活動の発信の場として、施設を利用する人たちがいて、100年使い続けられる建築という意味が含まれます。空調、電気、給排水、舞台設備などの点検や修理、定期的な館内の見回り、そして清掃活動といった日常的なメンテナンスは、建物の特性や設計意図を理解した職員やスタッフによって行われています。そのひとつひとつの活動には、県立劇場開館から脈々と受け継がれてきた前川建築の「作品」としての誇りから生まれる建物への敬意、そしてつねに最高の条件で、心から音楽や演劇を楽しんでもらうための安全安心への意識が込められています。竣工から約40年、そして100年に向けて。熊本の文化振興の拠点としての使命を果たし続けるための、〝覚悟〟となったBELCA賞受賞となりました。


(受賞建築物に贈られるBELCA賞の賞牌)

 

[取材協力]

株式会社前川建築設計事務所 江川徹氏

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