2024.06.20
Special feature特別対談 熊本県知事 木村敬 × 熊本県立劇場館長 姜尚中
Special feature 特別対談
熊本県知事
木村 敬
×
熊本県立劇場館長
姜 尚中
地域の魅力は、文化芸術がつくりだす
人が集まる、地域に向き合う、動く劇場へ
姜 2022年に県立劇場で上演したオペラ「夕鶴」をご覧になったとうかがいました。木村知事は演出の岡田利規さんとは友人関係ということですが。
木村 岡田さんとはパリ在住のアートマネジメントをしている友人からの紹介で、岡田さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら江津湖近くで1、2時間ほど話したのが最初です。「夕鶴」 は演出の妙というか、民話や寓話の中に人間のズルさや人の心をジラッと見せる、いい意味での違和感が素晴らしく、心に残っています。それが熊本在住の演出家によるもので、すごいなと。
姜 「夕鶴」に対する“素晴らしい違和感“というのは、大変な評価だと思います。
木村 現代は自分の関心事ばかりに固定されていて、自分と社会が分断されることに危惧を感じています。私は多様な価値観が混ざり合う多文化共生があってこそ、地域の良さが生きるんじゃないかと思っています。文化芸術が身近にあって、自分が知らない世界がそこにあっ て、「お!」という新たな発見がある瞬間が良いのです。
姜 僕も「夕鶴」を観てひっくり返りました。最後につうが壁をぶち破るというのは、岡田さんじゃないと考えつかないんじゃないですか。
木村 まさに今の時代における、固定による分断に対するアンチを感じて、違和感ではあるんだけれどもスカッとしたんですよ。
姜 ふだん触れないものや異質 なものにチケット代を払って観 に行くことで、脳内革命みたい なのが起きるんじゃないかと。
木村 知らないことを知ること で、自分の頭や心の使ってない部分がカチャッと動いて、今までにない自分を発見することが心地よかったのかもしれません。ひとりひとり世界が違って多様なものがあるのに、自分の好きなものだけで凝り固まってしまうことが気持ち悪いと感じ、それを打ち破ってくれるのが文化芸術だと思います。
姜 熊本の良さってたくさんあるのですが、ちょっと違うものに触れたときの化学反応みたいなものが起きたら、熊本はもっとよくなることを、演出家の岡田さんによって感じさせられました。
木村 私も全国を渡り歩いた経験から、熊本の魅力はすごいものがあると思います。地元にいると気付かないことも、こういった体験で発見できると、熊本の魅力はもっと深まっていく と思います。
それぞれが思い描く熊本と県劇のビジョン
姜 劇場というのは、日常からちょっと離れた空間で新たな発見をして、明日からの活力にする場でもあります。過去を振り返ると、故鈴木健二館長は、当時の細川護熙知事と一緒になって熊本の伝承芸能をひとつひとつ発掘されました。私が館長になって9年になりますが、熊本地震、コロナ、豪雨災害、劇場の改修もあって、自分がやりたいと思うことがなかなかできなかった。「動く劇場」をテーマに今後も活動していきたいと考えています。知事は今後、文化芸術、観光、スポーツという、広い意味での文化活動について、何かお考えはありますか。
木村 ひとつは、人吉・球磨地域の災害からの復旧復興です。人吉・球磨は人口減少とコロナの影響、二重の意味で厳しい状況でした。相良藩以来続く独特の文化や伝統がある地域で、自分たちの中に良い文化があることを発見するためにも、いろんな文化に触れてほしい。県劇が出向いて、復興に寄与できることがあれば、地元の人が喜ぶと思います。観光を例にしても、文化があっての観光です。その地の光を観るという観光でも、光というのは、光輝くものだけじゃなくて、光を有するものも含まれます。文化芸術ってその光を有するものなので、 もっと大事にしていきたいですね。
姜 文化芸術は、館の空間の中に閉じ込めて鑑賞するものではなく、日常にあるものです。以前、永青文庫で確か日本の春画の展示がありましたよね。あれにはびっくりしました。
木村 あれは、すごかったですね。とんがった見せ方で、ほんとうに多くの若い人が集まってい ました。文化芸術では学芸員やアートマネジメントの技術を育てていかないといけないと思いました。単に展示するだけなく、それをよく理解して、今風の切り口で出すとどうなるか、とかですね。
姜 知事のマニフェストの一番目にあった「県民の命と暮らしを守る」ですが、頻発する自然災害に対して、今後劇場の広いスペースをどう生かすか、そのあたりはどうお考えですか。
木村 災害時における文化芸術活動の支援もありますが、 劇場という場をパブリックな空間として人々が集まる場としても考えています。例えば教会は集会所でもあるし、教えを聞く場で、音楽を披露する場でもある。そういうものだと思いますね。
姜 そういう点では多機能的な補助機能を持たなければいけない。また劇場の役割として、アジア諸国と熊本をつなげる「シアター・アジア」のようなものを立ち上げ、市民レベルの交流を行っていきたいと考えています。さまざまな文化芸術、伝統芸能も含めてです。
木村 大賛成です。九州は日本の西の端。アジアに開かれてこそ、熊本は首都圏と勝負できる。アジアの国に開き、熊本を一歩でも先に行かせたいと思っていますので、そこは同じ構想だと思います。
姜 劇場としては、県南にも注目しています。知事がお考えの県南の振興とともに、劇場が文化振興をお手伝いしていきたいと思っています。
木村 文化芸術を観る、触れる機会は、県南に限らず必要だと思います。2022年に県劇で上演した ONE PIECE と清和文楽の特別公演をリメイクしたものが、山都町の清和文楽館で定期上演され、新たなにぎわいを生んでいます。
姜 県劇がアウトリーチなどで県南に絡んでいく場合も、さまざまな仕組みやネットワークをつくっていきたいと考えています。長野の安曇野にいわさきちひろの美術館があるんですが、たとえアクセスが悪くてもそこに文化の拠点があると人が集まってくるわけです。ですから人吉・球磨でも、映画、美術、アニメなどを題材に結構人が集まるんじゃないかなという気がしています。
木村 人吉出身の漫画家、緑川ゆきさんの「夏目友人帳」という漫画があって、この作品のファンがわざわざ舞台となっている猫寺とか、かやぶき屋根のお堂とかを見にいらっしゃって います。地元の人と対話しながら、さまざまな人が人吉・球磨で活躍する場を演出して、サポートしていきたいと思います。
姜 知事になられたばかりで激務が続いていると思うのですが、お時間があればぜひ劇場にも。
木村 文化芸術は地域の揺るぎないものです。その軸がしっかりしていればさまざまな可能性が広がります。特に子どもたちのために文化芸術に触れ合う機会をしっかりとつくっていきたいですね。
姜 県劇の来館者の多くが熊本市など中心部に近いところからの方です。アクセスの問題もありますが、県内の広い地域の方に来ていただくためにどうするのか。やはり私たちが動いていかないといけない、ということですね。
木村 動く劇場ですね。動いていった結果、県内の人たちが動かない劇場を訪れるようになるよう、これからも応援していきます。