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2022.11.01

市民会館事業:12/10(土)《佐渡×シエナ ブラスの祭典2022》

佐渡裕、《ブラスの祭典2022》の舞台裏を語る!
インタビュー・構成:富樫鉄火(音楽ライター)

この12月10日、市民会館シアーズホーム夢ホールにおいて、《佐渡×シエナ ブラスの祭典2022》と題するコンサートが開催される。いまや世界を股にかけて活躍する指揮者・佐渡裕と、日本を代表するプロ吹奏楽団、シエナ・ウインド・オーケストラの、ひさびさの共演だ。コンサートを前に、シエナ首席指揮者でもある佐渡裕に、その思いを聞いた。

――今回もユニークな内容のコンサートですが、どういう経緯で、このような選曲になったのでしょうか。
「2020年春ごろから、新型コロナ禍の蔓延がはじまって、コンサートも次々と中止。ぼくも自宅に閉じこもる生活になりました。その間、次にシエナとどんな曲をやろうかと、あれこれと考えをめぐらせていました。ぼくが初めてシエナを指揮したのが1997年。ほぼ四半世紀が経過しています。もう一度やりたい曲もあるし、その一方で、新たな曲にも挑んでみたい。そんななか、ふと、エマーソン、レイク&パーマー(EL&P)の《タルカス》を思い出し、ひさしぶりにCDを聴いたんです。そうしたら、これが、なかなかいいんですよ(笑)。2012年のライヴですが、あれ以降、再演もされていない。この閉塞的な社会状況を突き破る意味でも、もう一度やりたいと思うようになったんです」

――プログレッシブ・ロックの名曲《タルカス》を「吹奏楽」で演奏するというので、たいへん話題になったコンサートでしたね。
「もともと、東京フィルハーモニー交響楽団のために、作曲家・吉松隆さんが、管弦楽用に編曲していたんです。初演の指揮は、藤岡幸夫さんで、これが素晴らしかった。2012年にはNHK大河ドラマ『平清盛』でも使用されました。さらには、弦楽四重奏曲版もできた。ならば、ぜひ吹奏楽でもやってみようとなり、ジャズ作曲家の挾間美帆さんにお願いして、吹奏楽にアレンジしてもらったんです」

――佐渡さんは、EL&Pの中心メンバーで、キーボード奏者のキース・エマーソンと、お会いになったことがあるそうですね。
「そうなんです。シエナとのライヴから数年後、ある方の紹介で、来日中のキースと会うことができました。ぼくとシエナの《タルカス》のCDも聴いてくれていて、大絶賛してくれました。結局、恵比寿のバーで、明け方近くまで、語り合ってしまったほどです。ただ、残念ながらキースは、腕の筋肉に病気を抱え、演奏ができなくなったことに悩み、2016年に自ら命を絶ってしまいました。できれは、生前に、一度でいいから、ぼくとシエナの《タルカス》を実演で聴いてほしかったです。今回のコンサートで1曲目に《タルカス》を取り上げたのは、天国のキースに捧げたいという思いもあるんです」

――1曲目から、超重量級の難曲ですが、後半の《展覧会の絵》も、これまた重量級です。演奏する方々は、たいへんでしょうねえ。
「シエナだから大丈夫だろうと思って……、いや、やっぱり恨まれているかな(笑)。実は、よく意外に思われるんですが、ぼくは《展覧会の絵》全曲を指揮したことは、まだないんですよ。ぜひ、一度やってみたいと思いまして……でも、その後、この選曲でいいかどうか、けっこう悩みました」

――ウクライナ問題ですね。
「ロシアがウクライナへの侵攻をはじめたのは、本年2月です。そうしたところ、コンサートからロシアの作曲家の曲が、どんどん下ろされるようになった。もちろん、ムソルグスキー《展覧会の絵》をやることは、それ以前に決まっていました。しかし、この曲は、特に戦争にまつわる音楽ではないし、なにより、終曲の〈キエフの大門〉は、ウクライナの首都キエフ(キーフ)にある「黄金の門」が題材です。11世紀のキエフ大公国時代につくられた城壁の入口の門ですね。いま建っているのは、近年の復元ですが、ウクライナ文化を象徴する史跡として人気がある。ムソルグスキーは、明らかに、この史跡に対する敬意を音楽化しています。そこで、いまこそ多くのみなさんに聴いていただくべきだと考えるようになりました」

――しかも今回は、新編曲ですね。
「《展覧会の絵》吹奏楽版は、いままでにも多くのヴァージョンがあるんですが、この機会にぼくとシエナが演奏するのだったら、ぜひ、新しいスコアで演奏したいと思いました。それも、もっとも親しまれているラヴェルの管弦楽版に、なるべく近い形で。そこで、大橋晃一さんに”ラヴェル版に基づく”編曲をお願いしました。いままで管弦楽版で親しんできた方にも、十分に楽しんでいただけるスコアになっています。期待してください」

――ところで、佐渡&シエナのコンサートといえば、なにが飛び出すかわからない「音楽のおもちゃ箱」コーナーが、いつも楽しみです。しかし今回は、すでにテーマが発表されているんですね。題して「丸ちゃんForever」!
「昨年12月に76歳で亡くなられた、大阪府立淀川工科高校吹奏楽部の顧問、丸谷明夫先生を追悼するコーナーです。全日本吹奏楽連盟の理事長もつとめられた、日本における吹奏楽振興の大功労者です。ずっと年上なのに”ちゃん”づけは失礼かなとは思うんですが、もう長いこと愛称でお呼びしていたので、堂々と『丸ちゃんForever』とさせていただきました」

――まさに、佐渡さんが吹奏楽に興味を持つきっかけとなった方だそうですね。
「1974年のことです。ぼくは京都市立四条中学校の1年生だったんですが、吹奏楽コンクールの関西大会が京都会館で開催されました。そこで初めて、淀工の演奏を聴きました。課題曲が河辺公一さんの《高度な技術への指標》。そのときの指揮が丸ちゃん。もう大感動でした。音が、ものすごい勢いでこっちへ飛んでくる。しかも、あんな難しいジャズ・ポップス調の課題曲を、実に楽しそうに演奏してるんですよ。かっこいいなあ、吹奏楽っていいなあと、憧れました。その後、彼らはそのまま全国大会へ進出しました。この年が、淀工初の全国大会で、それから40年以上、連続出場することになる最初の年でした。ぼくとシエナは、以前よりこの《高度な技術への指標》をレパートリーにしていて、CD『ブラスの祭典3』にも収録していますが、それは、あのときの原体験があるからなんです」

――その後、佐渡さんがプロの指揮者としてシエナを指揮されるようになってから、本格的に交流をもたれるようになったんですね。
「おなじ関西人という点でも気が合いました。2011年のシエナ結成20周年記念コンサートでも《高度な技術~》を指揮していただきましたし、ぼくが司会をしていたTV番組『題名のない音楽会』にも、何度もゲストで来ていただいた。それどころか、『サントリー1万人の第九』に淀工に出演してもらったり、逆に淀工の演奏会にぼくがサプライズ出演したりと、相互交流がつづいていたんです。淀工の練習にも顔を出させてもらいました。帰りにはいつも、学校の前にある『天下一品守口店』でチャーシュー麵をご馳走になったもんです。”ギャラはこれで勘弁してや”と(笑)」

――その丸谷先生と淀工が、2021年度の吹奏楽コンクールに参加しないとの知らせは、吹奏楽界にとっては衝撃のニュースでした。
「ぼくも驚いて、すぐに電話したら、『体調がよくないんですわ……』と、力のない声で話すんです。昨年8月ころでしたが、もうかなり悪くなっておられたんですね。結局、12月7日に逝去されました。その後、今年1月の淀工のコンサートにサプライズ出演することになり、その練習もかねて、ひさしぶりに淀工を訪ねました。ぼくとしては、つらくなるので、極力、笑顔で練習していたんです。そうしたら、生徒が、”お願いですから、これを指揮していただけませんか”と、なにやらボロボロの紙の束みたいなものを持ってきた。それは、丸ちゃんが使っていた、アルフレッド・リード《アルメニアン・ダンス》パート1の、フルスコアでした。ほとんど丸ちゃんが広めたような名曲ですよね。開いたら、書き込みだらけで、いままで演奏した場所や日時も書かれている。この瞬間、涙があふれてきて、号泣してしまいました。さらによく見ると、下の方に、コンデンス・スコア(簡易譜)が貼り付けてある。いかにもむかしながらの吹奏楽部の先生だなあと、泣きながらもうれしくなってしまったことを覚えています」

――そんな丸谷先生との思い出の曲を演奏することになるのですね。どんな内容になりそうですか。
「それは当日までの秘密です(笑)。でも、淀工ファンなら、ある程度、推測できるんじゃないですか。もう、丸ちゃんの、あの笑顔やダミ声に接することができませんが、音楽は残ります。音楽の素晴らしさは、そこにあると思っています。丸ちゃんもキース・エマーソンも、もうこの世にいませんが、彼らの愛した音楽を奏でることで、いつでも”会う”ことができる。そして、大昔のキエフ大公国に思いを寄せることによって、ウクライナの人びとの心にすこしでも寄り添うこともできる。そんなことを感じていただけるコンサートになると思います。ぜひ、楽しみにしていてください!」

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