2025.03.20
特集 金子三勇士ピアノリサイタル~新しいスタインウェイ625203を迎えて~

金子三勇士ピアノリサイタル
~新しいスタインウェイ625203を迎えて~
2025年2月2日(日)
熊本県立劇場コンサートホール
<演奏曲>
ショパン:華麗なる大円舞曲
ショパン:夜想曲作品9-2
ショパン:夜想曲作品37-1
リスト:リゴレット・パラフレーズ
シューマン=リスト:献呈
リスト:ラ・カンパネラ
ベートーヴェン=リスト=金子三勇士:
交響曲第5番「運命」ピアノ編
~熊本県立劇場オリジナルヴァージョン~

多くの人の期待を受けて選ばれ、育てられていく県立劇場のための1台
1982年の開館当初から熊本県立劇場で利用されていたスタインウェイ社のフルコンサートピアノ2台。これまで長期の運用計画を作成し、定期的な部品交換、修理、そして2度のオーバーホール(全体修理)を行って管理、維持してきました。通常のピアノの耐用年数が10年から20年といわれるなか、40年以上もの間、多くの演奏家、利用者から愛され、ホールに感動の音色を響かせてきました。しかし、長期の利用について演奏家や保守を担当する業者からの意見もあり、2023年4月から新しいピアノの購入に向けた検討を開始しました。
検討をはじめて約1年後、熊本県とスタインウェイ社との契約を経て、県立劇場に新たに迎え入れるピアノの選定が具体化してきました。その県劇のためのピアノ選定を依頼したのが、スタインウェイ・アーティストでもあるピアニストの金子三勇士さんです。2024年の8月、東京のスタインウェイ・ジャパンの選定室には3台のピアノが準備されました。金子さんはピアノの位置を変えながらさまざまな曲を演奏し、それぞれの音色や響きを確認。そのなかから選ばれた1台が、今回の金子さんのピアノリサイタルで初披露となったシリアルナンバー「625203」です。

選定された1台は、県立劇場に納品された後、弾き込みという作業が行われました。これは、本来の響きを引き出すために新しいピアノの鍵盤をバランスよく弾いて慣らしていく作業で、熊本在住の15人のピアニストが担当しました。弾き込みは、コンサートホール、演劇ホールのそれぞれで行われ、低音から高音まで鍵盤を弾く作業をしたあと、ピアニストが選んだ曲を演奏します。無観客のホールで行われる、いわゆるピアノの基礎トレーニングのようなものです。約4カ月間で合計39回の弾き込みが行われ、リサイタル本番の日を迎えました。
地域とともに成長していく新しいピアノの音がホールに響きわたる
スタインウェイ社の新しいピアノのお披露目公演が開催された2月2日は、チケットが完売するほど、多くの人の期待が集まっていました。ガバメントクラウドファンディングでピアノ購入に向けた寄付金募集を行った経緯もあり、公演前舞台上に佇むピアノの前には人だかりができていました。
新しいピアノの選定者である金子さんが記念すべき1曲目に披露したのは、ショパンの「華麗なる大円舞曲」。選ばれしこの1台を「パワフルでいて、ふとした瞬間に芯の強さのあるやさしい音を奏で、メカニズムの反応がとても良い奇跡のピアノ」と表現する金子さん。県立劇場のこれからの歴史をともに刻むには、この上ないピアノだったといいます。そのポテンシャルを引き出すために、華やかでいて、柔らかな、あたたかい音色を楽しんでもらえるよう、歴史に残る1曲目としてショパンの大円舞曲を選んだそうです。演奏の合間のトークでピアノ選定のエピソード、これから演奏する作曲家や曲のストーリーを披露する金子さんの話に吸い寄せられるように会場が一体となり、新しいピアノが奏でる音色が、時間とともに緊張がほぐれていく過程を共有できました。
ピアノは多くの職員の手作業によって製作されます。丁寧に、魂を込めて、長い年月をかけて完成したピアノは、それぞれが1人の人間のような性格を持ち合わせているといいます。「新しいピアノは、県立劇場という場所で、演奏者、観客、そして地域の方々、みんなで育てていくもの」。そう語る金子さんは、その最初の一歩となるリサイタルで演奏するプログラムを、これからピアノがどう成長するか、県立劇場とともにどう歴史を刻んでいくのか、想像しながら組み立てたそうです。ショパンの夜想曲の後には、ピアノの魔術師と呼ばれるリスト作曲の「リゴレット・パラフレーズ」、リストが編曲を手がけたシューマンの歌曲「献呈」、そしてリストの「ラ・カンパネラ」が演奏されました。
第2部では、これまで弾き込みで慣らしてきたピアノに「喝」を入れるために、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」を演奏。ピアノのコンディション、観客の熱気と、ホールの空気管を感じながら、金子さんが即興でアレンジを加えた特別な1曲が披露されました。まさに、一期一会、この日だけ、その日のコンディションでしか堪能できないひとときでした。最後のカーテンコールでは、金子さんがパッと手をかざし、演奏者の仲間として新しいスタインウェイ「625203」を紹介したのがとても印象的でした。
金子三勇士(ピアノ)
Kaneko Miyuji
コンサートを終えて
2024年8月にスタインウェイ・ジャパンで選定を行ったときから、実に6ヵ月ぶりの「625203」での演奏でした。弾きこみによってどんな音に仕上がっているのか、とても楽しみにしていました。このピアノは、楽器としてのポテンシャルが高く、これから何者にもなれるくらいの未知数のものを持っています。県立劇場のホールで、演奏する人に愛され、県民に愛され、地域で大事にされる存在として、どんな成長をしていくのか期待しています。