2023.03.15
特集「熊本県立劇場開館40周年記念対談 藤原道山(尺八演奏家)×姜尚中(熊本県立劇場館長)」
熊本県立劇場開館40周年記念対談
ONE PIECE × 人形浄瑠璃 清和文楽 『超馴鹿船出冬桜』総合演出
藤原 道山 尺八演奏家
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姜 尚中 熊本県立劇場館長
熊本県立劇場開館40周年企画として、11月5、6日に第64回熊本県芸術文化祭スペシャルステージ「ONE PIECE × 人形浄瑠璃 清和文楽 『超馴鹿船出冬桜(ちょっぱあふなでのふゆざくら』」を上演しました。
人気漫画と熊本県重要無形文化財をコラボさせる意欲的なこの公演、総合演出を手掛けたのは尺八演奏家の藤原道山さんです。藤原さんは演奏家として国内外で活躍する一方、これまでも熊本県芸術文化祭オープニングステージ「邦楽」「民謡」など、県劇の制作公演を成功に導きました。初演を鑑賞し「素晴らしいの一言に尽きる」と絶賛した姜尚中館長と藤原道山さんに、今回の公演について語り合っていただきました。
また、教育者としても共通点を持つふたり。舞台芸術界の人材育成に関する課題と展望、またそこで劇場が果たす役割についても意見を交わしています。
清和文楽を中心に熊本の芸能がひとつになった
―『超馴鹿船出冬桜』の感想を。
姜 この作品は非常に実験的な試みです。人形浄瑠璃は本来コンパクトなものですが、踊りや演劇など人間の実演と合わさり、空間の構成が重層的になっていました。また、計算しつくされたタイミングで入った藤原さんの演奏も見事。観ていた方々が我を忘れ、会場全体が唸るようだったのが印象的でした。
藤原 構想から4年ほどかかりましたが、ようやく実がなってほっとしました。清和文楽を中心に、熊本の伝統芸能、県民の皆さんの思いがひとつになったのが私としては嬉しかったです。その結果として、姜館長がおっしゃるように皆さんに響いたのであれば、やった甲斐があったなと。
―宇土の太鼓や山鹿灯籠など、熊本の伝統芸能を盛り込まれました。また、藤原さんが作・監修された音楽に熊本の民謡「おてもやん」が織り込まれていたのも印象的です。どのような意図でこういった演出をされたのでしょうか。またその成果はいかがだったでしょうか。
藤原 地元の伝統芸能を観たことがない、という人は意外に多いように思います。近すぎて気づいていなかった芸能の魅力を知っていただきたいということがありました。また、伝統芸能はそれぞれに力がありますが、それらが集まることで相乗効果によってさらに大きな力を持つ、またお互いに影響し合う機会にできれば、という思いもありました。
姜 動的な太鼓としっとりと静的な山鹿灯籠踊り、そのほかいろいろな要素をうまくコーディネートされていました。
藤原 作品に登場した山鹿灯籠ですが、あの灯籠を頭上に載せ踊り歩くスタイルは1955年頃から始まった比較的新しいもので、それが今では伝統化しています。最初は何でも新しく、継承されるにつれ伝統になっていきます。今回の表現も今は新しいものですが、今後また次の世代では伝統的なものになっているかもしれません。
姜 伝統というのは常にイノベートされていきます。伝統芸能もその居留区に留まってしまうのではなく、そこから出るエネルギーを持つことが重要でしょう。
デジタル世代の若者たちが
実演ならではの
素晴らしさを感じられた
―『超馴鹿船出冬桜』には多くの子どもたちを含む約200名の一般市民が参加しました。藤原さんが手掛ける舞台には若い人材の起用が目立ちますが、そこに込めた思いは。
藤原 文化というものは、ある意味伝言ゲームのようなもので、それぞれの人がそれぞれのフィルターを通して見て、感じて、つなげていくものです。若い世代の方々に、何かを見て感じる状況をつくってあげたいというか、そういう機会に一緒にいてもらいたいんです。共有した経験を次につないでいただきたいと思っています。コロナ禍でそういった状況が分断されてしまったところがありますが、だからこそ大切さを再認識しました。その思いは、今回の舞台の力になりましたね。
また、若い方々のパワーと歳を重ねた方々の経験とは、互いによい作用を及ぼすものです。それは観ている皆さんに伝わりますので、舞台を作るときには常々大切にしています。
姜 劇場の空気感―、衣装や照明の色彩や音、観ている人々の息遣いなど、これはデジタルで再現しようにも叶わないものです。コピーしようにもできない。デジタル世代の若者たちが実演ならではの、一期一会の素晴らしさを感じられる機会に、この公演はなったと思います。
一期一会の体験を提供する劇場は
今後ますます重要な役割を担う
―藤原さんは2022年に東京藝術大学音楽学部の准教授に就任、後進の育成に力を注いでいらっしゃいます。県立劇場も舞台技術にかかる人材の育成をミッションに掲げているところですが、この業界の人材育成に関する課題と展望、また地域の劇場に期待する役割をお聞かせください。
藤原 配信動画などでいろいろなことが学べる時代にはなりましたが、それは一方通行でしかありません。対面で教わるときには、自分が求めていた以外の余白部分に実は大事な要素があり、それが提示されることがあります。今回の対談もそうですが、やはり直に対峙しないとわからないことがあるのだなと実感しています。また、生の演奏などを知った上で映像を観るのと、映像しか知らないのにも大きな違いがあります。生を知っていると、映像でも補完して聴く、あるいは観ることができます。
姜 ネット通販などでは自分がこの本を買おうと決めて注文しますが、リアルな書店では買おうと思った本の横に手を伸ばすことがあります。そこに自分が望んでいた以上の学びがあることがある。先ほど「余白」とおっしゃった、それは非常に大切なものだと思います。
アートではマイスターと弟子のような関係性が非常に重要です。徒弟制度は非常に古い面もありますが、学校教育的なシステム化されたやり方では伝えきれないものも伝えられます。そういった関係性を次の世代でもつくる必要があるのではないでしょうか。
藤原 先ほど館長が一期一会という言葉を使われましたがまさにそうで、生の舞台を観る機会や、一期一会の体験を提供する劇場というのは、今後もっと重要な役割を担っていくのではないかと思っています。
また、生の演奏や舞台は、繰り返し観たり聴いたりするうちにわかってくるものがあります。自分が何を好きなのかということは、観た体験があって育っていくのかもしれない。劇場には古いものや新しいもの、さまざまバランスよく発信していってもらいたいです。