2022.09.15
特集「劇場のお仕事『設備管理』」
劇場に必要なもの
よい音楽、よい舞台、そしてよい環境
いつも快適であること
それが、あたりまえだということ
音楽と舞台を心ゆくまで楽しむ空間である劇場のホール。ステージ上で繰り広げられる心に迫るような音楽の調べや、ひとときも目が離せない物語。公演に夢中になれる環境として、そのホールが快適であることが求められます。求められる、というよりも、それが当然の条件といってもいいほど。ただ「快適」とひとことでいっても、凍てつくような寒い日と、うだるような暑さの日では、外からやってきた観客が求める「快適」は違うはずです。その公演がオーケストラの演奏なのか、照明を多用する演出がある舞台か、それによってもホール内の熱気も変わってくるでしょう。また百人いれば百通り、感じる「快適」は違うはずです。
熊本県立劇場には、誰もが心から音楽や舞台を楽しめるよう「快適」な環境づくりのために施設の環境を維持・管理している仕事があります。舞台上にも、舞台裏にさえも現れない、設備管理の仕事です。県立劇場の地下の、さらに深い場所に広がる中央監視室を拠点に業務を行う、まさに縁の下の力持ち。その存在なくして、県立劇場の40年という歴史はない、といっても過言ではありません。
設備管理の中心となる業務に、ホール、ホワイエ、通路、練習室、会議室、トイレなど、館内のあらゆる場所の空調管理があります。ホール内は、年間を通して室温24℃、湿度50%に保たれています。どんな条件でもその快適ラインを保つことを基本に、ホールに集う人たちの年齢層、公演の内容によって、中央監視室に備えられた館内のモニターで確認しながら、ホールに集う人たちの表情を見て、その時の、その場の状況を把握し、空調をコントロールします。少しでも不快な表情の人を見つけたら、0.1℃の単位で調整し、空調機をコントロールします。県立劇場の40年もの歴史の中、24時間、365日欠かさず空調管理の記録を残し、細やかな管理を行ってきました。その記録は、ひとつの財産のようなものです。目的はただひとつ。よい音楽、よい舞台、一期一会のこの瞬間を、快適に楽しんでもらうため。演奏者からのリクエストで、楽器に合わせて湿度の指定がある場合もあります。また吹奏楽や合唱ではホール内を冷やしすぎず、ダンスや動きの激しい舞台では、少し冷やすようにコントロールするなど、微細な調整は設備職員の腕の見せ所でもあります。とはいえ、その姿は決して表に出ることはなく、館内が快適であることは、あたりまえのことです。
お客様から何も言葉がないことが
最上級の褒め〝言葉〟
県立劇場が開館して40年。地下深くある中央監視室の責任者として勤務する松本浩志さんは、開館当時からホール内の快適な環境を見守り続けてきた唯一の現役スタッフです。
発電機をはじめ、開館からずっと使用している機械や装置も多く、定期的に点検を重ね、必要に応じて整備を行っています。たとえば、開館当時からある巨大な発電機は、停電した際にホール内の照明をすべてまかなうことができるほどの出力を持った機械で、公演中に使用したのはわずか4回。40年の歴史の中、10年に1度の割合でしか使わないものですが、いつ、何が起きても、すぐに稼働できるように、定期的に点検し、3カ月に1回は動作確認を行っています。何もないのがあたりまえ。何かあった時にも、すぐに対応できるよう準備するのが設備管理の大きな役割でもあります。この道40年の松本さんは、機械や装置の音のちょっとした変化も聞き逃さないほど。館内の「快適」にずっと向き合ってきました。コンサートホール、演劇ホールだけでなく、小さな練習室でも、快適であるために人の動き、人の表情に目を凝らしてきました。「大抵のことは、設備職員で修理できる」との松本さんの言葉にあるように、舞台上の装置や道具に不具合があった場合は、設備職員がすぐに駆けつけます。いつでも対応できるよう、必要な修理道具を揃え、その道具のメンテナンスも常に行い、何がどこにあるのかすぐにわかるよう、きちんと整理されています。小さな道具棚ひとつとっても準備が整い、美しく整頓されている様は、まさに職人の現場です。
コロナ禍は、舞台芸術に大きな影響を与えましたが、設備管理の仕事にも変化をもたらしました。温度、湿度に加えて、換気の方法にも配慮が必要となったのです。外気を10%取り入れる冷暖房によって、ホールだけでなく、ホワイエ、廊下、練習室、会議室のあらゆる場所の空気の入れ替えを行っています。公演開始の2時間前から換気をはじめるようなマニュアルになり、ホール内は20分ですべての空気が入れ替わるようになっています。
設備管理の仕事は、「寒い、暑い」のクレームは寄せられることがあっても、「快適だったよ」と声をかけられることはほとんどありません。「快適」は意識しないところにあるもの。だからこそ「何も言われなかった」ということが、設備職員にとっては最上級の褒め言葉(言葉はありませんが)になるのです。県立劇場の職員さえも滅多に目にすることがない監視室内では、今日も県立劇場を行き交う人たちの表情をうかがいながら、裏方中の裏方が活動しています。