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2022.04.15

劇場スタッフリレーコラム№12

40年を振り返って

この春号が発行される頃、開館以来40年近く勤めた県立劇場を〝卒業〟する私に、編集スタッフからこれまでを振り返ってなにか書いて欲しいという宿題が出された。そこで現在の県立劇場スタッフの大半が経験することのなかった初期の事業を思い出しながらそれに応えたい。

私にとって最大のエポックメーキングな出来事は、昭和63年から約10年間館長を務めた鈴木健二氏との出会いだったかもしれない。
鈴木氏は当時NHKの人気アナウンサーだったが、退職後は細川護熙元県知事の要請に応え熊本県で文化を通した地域おこしに尽力された。

鈴木氏が手掛けた事業の中でも印象深いのは、阿蘇市波野に伝わる〝中江岩戸神楽三十三座完全復元公演〟と〝こころコンサート〟である。
鈴木氏は館長に着任すると、当時県内にあった98市町村を巡り、地域の首長さんだけでなく文化活動に携わるキーパーソンからも直接話を聞かれた。
そこで過疎化により衰退しつつあった地域の芸能を残すことが急務だと考え、さまざまな芸能の復活や活性化に力を注がれた。阿蘇地域の神楽や山都町の清和文楽など、人口減少のなかにあっても今では元気を取り戻しつつあるこれらの芸能に鈴木氏が果たした役割は計り知れない。こうした地域の民俗芸能がそこに暮らす人々のよりどころとして心の支えになっている例は全国でもみられるが、その先駆けとなった事業と言えよう。
当時の私は、民俗芸能に関する事柄を取り扱うのは教育委員会の役割と考えており、劇場が直接関わる分野とは思ってもいなかった。しかし、中江岩戸神楽の徹夜公演を体験するなかで、劇場の新たな役割を認識することとなったし、今では全国各地の民俗芸能が地域の劇場で披露されている。

〝こころコンサート〟は、障がい者施設に健常者の音楽グループが一年間通って音楽を一緒につくりあげ、最後に県立劇場で披露するというものだ。私も含め職員は障がい者施設をいくつも担当し、月一回の練習に立ち会った。そこでは、地域の中心地から離れた場所に建てられた施設のなかの様子を初めて目にしたし、鈴木氏にならって障がいのある方たちと積極的に触れあい心のバリアを少しずつ取り除いていった。

鈴木氏のこうした取り組みが全国に波及し、行政や健常者から障がい者に注がれるまなざしが変わったきっかけをつくったと思う。その後の国の政策や県民・市民の意識の変化にも影響を及ぼしたと考えるが、これからの県立劇場を担う後輩たちにも、文化芸術をとおして社会が抱えるさまざまな課題を解決してくれることを期待している。


参与(2022年3月31日退職)
本田 恵介[ほんだ けいすけ]

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