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2023.06.15

特集「県立劇場が取り組む『社会包摂』事業」


近づく、飛び込む、歩み寄る。

文化芸術をすべての人のもとへ。

「文化芸術は誰のもの?」
その問いに対する答えは、おそらく人それぞれにあるのではないでしょうか。
文化芸術は社会との関わり、人と人との関わり、時代との関わり、
さまざまな〝関わり″から生まれるものです。
「文化芸術を創造し、享受し、文化的な環境の中で生きる喜びを見いだすことは、
人々の変わらない願いである」。
2001年に策定された文化芸術振興基本法(現 文化芸術基本法)の前文の冒頭にあるように、
文化芸術は生きる喜びにつながり、心のつながりを分かち合う
社会で生きる人たちにとって価値のあるもの。誰か特定の人のものでなく、
すべての人にとって価値のあるものが文化芸術なのです。
今回のほわいえの特集では、熊本県立劇場が「すべての人のもとへ文化芸術を届けたい」という、
社会包摂の考えのもとに取り組んできた事業についてご紹介します。

全国に先駆けて取り組んできた、
社会包摂の考えをもとにした事業

社会包摂とは、社会的に弱い立場にある人を取りこぼさない、社会全体で支え合う考え方です。劇場にこの社会包摂機能を提唱する動きは、2012年の「劇場、音楽堂等の事業の活性化に関する法律(通称、劇場法)」施行後から広がりをみせています。本来は劇場という場は社会包摂機能が求められ、ヨーロッパでは古くから劇場、美術館など、文化芸術に誰もがふれられる機能を有していました。劇場法によって明文化されたことによって、日本においても社会包摂機能が少しずつではありますが、注目されつつあります。文化芸術は、誰もが享受できる社会全体の利益であり、劇場は文化芸術活動を通して社会参加の機会を開く役割を担っています。といっても何も難しいことはありません。「文化芸術はみんなで楽しむものだよ」というメッセージを伝えることが劇場の役割なのです。
熊本県立劇場は、劇場法が制定される前から「みんなで楽しむ」文化芸術の事業に取り組んできました。1993年から2001年まで不定期で実施していた「こころコンサート」は、県下の地域ごとに障がいのあるなしに関わらず集まって、一年間の音楽の練習の成果を発表するステージとして公演が企画されました。単なる発表の場ではなく、一年間、障がいのある人、ない人がいっしょに練習を重ねていく時間を〝心を通わす時間″として事業の一部に取り組んだことが特徴です。当時は全国でも初の画期的な取り組みとして紹介されました。その後、知的・発達障がいがある人たちによる音楽活動を推進する「NPO法人オハイエくまもと」に、県立劇場は携わっています。オハイエくまもとの活動の発表の場である「とっておきの音楽祭」は、街中で開催される音楽のイベントとして定着。今年5月21日には14回目の音楽祭が開催され、多くの人が音楽という文化芸術を楽しむ姿が見られました。

熊本地震をきっかけに
県立劇場の文化芸術の使命を再確認する

アートキャラバンくまもと#38 佐渡裕指揮スーパーキッズオーケストラ(2016年7月29日)

文化芸術の持つ力が再確認される契機となったのが、2011年の東日本大震災からの復興の過程でした。さらに遡って、災害における文化芸術が与えるこころの復興の重要性は、1995年の阪神淡路大震災によって多くの人に〝実感″として得られることになりました。阪神淡路大震災がきっかけとなり、前述した2001年の「文化芸術振興基本法」策定につながります。文化芸術にふれることで、被災した人が日常を少しずつ取り戻し、音楽に勇気づけられ、演劇が希望を取り戻す力になる。生きるために必要な社会的インフラ機能を文化芸術は持っているのです。
そして、2016年の熊本地震。熊本県立劇場の職員たちが被災し、震災の当事者になったことで、大きなターニングポイントとなりました。震災以前から続けてきた「演奏家派遣アウトリーチ事業」をはじめとする活動の意義をあらためて実感することになったのです。劇場の建物が被害を受け、しばらく臨時休館することになり、劇場に人を迎え入れることができなくなった県劇のもとに、熊本での支援活動を希望するアーティストからの相談が相次ぎました。そこではじまったのが「アートキャラバンくまもと」です。アーティストと被災者をつなげるこの事業は、行き先選びなど慎重さが求められる場面もありましたが、こころの復興として文化芸術が必要とされることを再確認することができました。地震後の県立劇場の再開を祝った「県劇夏祭り」は、このアートキャラバン事業の一環として、県立劇場を舞台に開催しました。当日は多くの方が集まり賑やかさを取り戻した劇場は、まさにこころの復興を象徴するものでした。翌年からは「県劇盆踊り」にタイトルを変更して実施、途中コロナ禍で中断しましたが、今年2023年8月15日にパワーアップして再開します。アートキャラバン事業は災害に限らず、必要とされるところに劇場が出向いて、文化芸術をお届けする事業として、今後も継続していきたいと考えています。
誰かのもとに劇場から近づいて、時には飛び込んでいき、そして歩み寄る。特別なものではあるけれど、特定の誰かのものではない、すべての人のための文化芸術を、これからもいろんな形で届けていきたいと思います。

県劇盆踊り(2018年8月14日)

県立劇場が取り組む社会包摂事業

◆こころコンサート(1993年~2003年)
障がいのある人も、ない人もいっしょになって、一年間準備・練習期間をかけ、ゴールである舞台に向かう事業。こころを通わす時間を経ることを、事業の主軸として企画。全国でも初の試みとして注目された。

◆演奏家派遣アウトリーチ(2004年~)
地理的に劇場から離れている地域に向けて、プロの演奏家を派遣する事業。スタート時は福祉施設、高齢者施設にも訪れていたが、現在は教育委員会と連携し、熊本市外の小中学校を中心に演奏家派遣を行っている。

◆オハイエくまもと協力事業(2011年~)
音楽の力で心のバリアフリーを目指す「オハエイくまもと」の理念に賛同し、設立当初から関わり続けている。

◆アートキャラバンくまもと(2016年~)
こころの復興支援事業として、熊本地震後にはじまった。演奏家の生の演奏を聴いたり体験する機会を、避難所や学校などに届けるプロジェクト。災害にかかわらず、今後は文化芸術を広める事業として取り組んでいく予定。

◆劇場って楽しい!!(2019年~)
知的・発達障がい児者を対象とした劇場体験プログラム。専門家の協力を得て、障がいの特性を知り、プログラムの運営方法など、県劇の職員が研修を重ねて開催している自主事業。2019年の初回以降、年々参加者が増加しており、2022年度公演のアンケートでは「この体験(鑑賞)をきっかけに、地域(まち)の劇場、ホール、映画館に行こうと思いますか?」という設問に対し、72%が「思う」と回答。多くの参加者にとって、本事業が新たな体験へのきっかけにつながる様子が見られた。今後は鑑賞だけでなく表現する方向にもつなげられるような幅広いプログラムを展開予定。今年7月には、障がいのある方も一緒に参加できるダンスワークショップを企画し、障がいの有無に関わらず、日常的に文化芸術に触れ、表現できる機会を設ける。

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